そもそも「お金に愛される体質」というものがある気がする。
そんな悠長なことを言っている時点でアウトかもしれないが、2年半減り続ける資産を見続けたら、そんな考えも浮かぶようになる。
「私が右と言ったら左、私が左と言ったら右。世の中そういう風にできているのではないか」と本気で思った時期がある。
売ったら上り、買ったら下がる。
本当に見事にこれを繰り返した。
私はこれを「洗礼」と呼ぶ。
この洗礼を、きっと誰しも受けるのだ。
受けない人もいるのかもしれない。それはきっと前世の行いが良かったのだ。
1. 家の中がとっ散らかっている状態のとき。
貧乏神しか来ない。
ゴミ屋敷で億を稼ぐ人もいるのかもしれない。それはきっと強烈な守護神か何かが、ついているのだ。
身の回りを片付け、清潔を保つべし。
2. あちらこちらで取引して、現状どこで何がどうなっているのか掌握できていないとき。
自分が今、何にいくら投じているのかわからない。
「気が付いたら減っていた」「あとから計算したら減っていた」がこれ。
お金に関心がなさ過ぎて、神様に見放されている状態。
3. 財布の中にいくらあるか、すら知らないとき。
きっと論外なんだと思う。
「財布の中身なんて、気にしたことないさ!」というくらいのほうが、大金を稼ぐのか?
私にはわからない。
ほかにもたくさんあるが、ある程度は人として正しい状態にあることが前提のように思えてならない。
「そういうくだらないことばかり考えているから、本の1冊も読み終わらないんだ」
と言われてしまえば、それも正しいような気がする。
書けば書くほど、「今、何をすべきか」をまったくわかっていない、もしくははき違えている、と思えてくる。
「セミナーおたく」になる気はない。
でも必要なセミナーには出たいと思う。
今月の予算は、「トータルでプラス5万」にする。
含み損は一旦無視する。
それを含めたら永遠にプラスにならない現状があるからだ。
マイナスで終わらせないこと。
これこそが、大事なのだとあらためて思う。
それくらい、簡単にマイナスになる。
どうすればプラスで終わるのか?
真剣にチャートとにらめっこしているか?
あぁ、まさしくこれだ。
チャートとにらめっこしたって、稼げるわけがない。
分析するのだ、分析。
答えを出すのだ、自分なりの。
がんばれ。
