自分のお金で株を買っていた頃、あまりのセンスの無さに「株はやらないほうがいい」と売買するのをやめた。
確か沖縄セルラー、TDK、CCC、コナミ、日本航空あたりを買っていたと思う。
買える値段であること、聞き覚えがある企業であること、上がりそうだと思ったことが購入の理由だった。
コナミ、CCC、日本航空は株主優待狙い。
CCCは上場をやめ、日本航空は潰れた。
日本航空は売るに売れず、もういいや・・・と泣き寝入った。
いや、違う。正確には、「もういいや、面倒くさい」と放置したのだ。
TDKと沖縄セルラーは値が動かず売った。
コナミはその後10年放置し、気が付いたら倍になっていた。
とにかく面倒くさがりなのだ、自分は。
毎日見れば売りたくなるし、見なければ放置。その「間」がない。
その当時から20年経っている。
父が遺したお金を、とっとと借金返済に充てるか、それともふやすか?
ありがちな選択だと思うが、私は後者を選んだ。
そしてどうだ。減っている。これではマンション購入時にも資金を出してくれた父に申し訳が立たない。
父にとっては、元が取れないお金の使い方をする娘でしかなかった。
高校生の頃、大学受験対策に通信教材を買ってもらっていたが、集めるだけでまったくやらず。
それでも受かった大学に4年間通うが、バイトと飲みと旅行を繰り返し、見事に何も身につかず。
「下宿してないんだから、私はお金がかからない孝行娘だ」
「浪人しなかったし、予備校も通わなかった。金のかからない娘だ」
と自分では思っていたが、とんでもない。
大学に入れてもらって、遠距離の交通費も出してもらって、住む場所食べるものの不安もなく、すべて整えてくれていたのだ。
お金をかけてもらったのに、何も身に着けず「運だけ」で一部上場企業にスポン、と就職までしてしまった。
何も努力をしなかったわけではない。しかし「不可能を可能にする」ような「境界線を越える努力」は何もしていない。
運の良さを自覚することだけが、私の最大の取り柄である。
だが、これからもそれで通用するのか?
私は「なにも身についていない」という自覚と共に、この先も生きていくのか。
神が認めれば80年以上、必要となれば100年以上も生きてしまう現代の日本で。
自分で自分の収入をコントロールできる術を持ちたい。
リスクをリスクではなくするだけの「根拠」を持てる知識と技術を身につけたい。
今、どこにいる?
スタートラインは地平線の向こうだ。
「スタートラインが地平線の向こう」と思えば、今は何もわからなくても、希望がある。
いつまでも地平線の向こうでは困る。
半年以内に、スタートラインにつかなくては駄目だ。
何を持ってスタートラインというのだろう。
何をすればいいか、の手順を知るところか?
それとも今現状の資金の認識か?
あとから振り返ったときに、この文章を微笑ましく見ることが出来ますように。
